肉声から浮かび上がる天皇像
まさに適任の著者による「昭和史の超一級史料」解読の講義が出現した。
『昭和天皇拝謁記』とはNHKの取材陣が発掘し、岩波書店から書籍化された昭和天皇のふだん着の「肉声」集である。戦前ならば「玉音」と尊ばれ、洩れ伝わる機会もほとんどなかった「大御心」が、戦後の「人間天皇」に仕えた田島道治宮内庁長官によって記録されていた。熟読玩味するに値する、ナマにして、生々しい昭和史の証言となっている。
天皇及び天皇制について、いま最も視野広く、あらゆる角度から目を光らせているのが著者の原武史だろう。眼光がきつ過ぎて、大手メディアが敬して遠ざけがちな存在だが、書籍という形であるから、存分に力がふるえる。本書は、『拝謁記』の発言を手がかりに、昭和天皇の政治観、憲法観、戦争責任意識、人物月旦、外国観、空間認識など、読みどころを指南する。
70年前、日本が独立を回復する時期の発言では、憲法改正にしばしば触れていた。「私は再軍備によつて旧軍閥式の再台頭は絶対にいやだが」、「軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してやつた方がいゝ」。田島は天皇の意見を抑えるためか、そうはいっても国民投票で過半数の賛成が必要でありますと言上する。新憲法をよく理解できていない天皇、それどころか「まだ天皇大権をもっていると思い込んでいる」天皇を原は描き出す。
政治観については、「民主主義に対する違和感や不信感」を天皇が持ち、儒教の民本思想のような「日本的民主主義」をよしとする姿を抽出する。そこには、戦前の政党政治や軍人への天皇の不信感があったからだろうと。
いまの話題とつながるテーマとしてか、東大も取り上げられる。皇太子(現上皇)の進学先では、「南原総長の間は東大はいやだ」と話す。南原繁は全面講和や退位を唱えていたからだった。いま東大受験の噂もある曾孫とその両親は、昭和天皇の東大嫌いを知っているのかどうか。
『象徴天皇の実像』を読むと、昭和天皇がずっと持ち続けた全能感と、それゆえの孤独と猜疑が心に残る。母や弟たちとの穏やかならざる関係、最も尊敬する祖父・明治天皇についての言及と記憶の少なさ。父・大正天皇について、「思いを天皇が語ったのは、管見の限りただ一カ所」だという。なにより、田島のような真摯に「諫言」する臣下が戦前には皆無で、国を誤ったのではないか、と思える。
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