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木村教授の第1回講義――超攻撃的な「野心」を見失わず、いかに具体的な「研究計画」を築くか

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/04/19

 皆さん、おはようございます。講義担当者の木村です。それでは本日、1回目の「政治研究方法論」の講義をはじめたいと思います。最初に講義担当者の自己紹介……はいりませんね。皆さん、事前にシラバスや大学院の案内を読んで、この講義や担当者については、調べて来たと思います。もし、必要でしたら、この講義の担当者に関わる情報はネット上のあちこちに転がっていますので、簡単に見つかると思います。

 さて、早速、講義の内容に入っていきたいと思います。この講義の内容はその表題通り、政治研究の方法、つまり、やり方について考えていく事です。とはいえ、実際には政治学には必ずしも「政治学固有の研究の方法」がある訳ではありませんし、また、研究のやり方そのものについては、社会科学はもちろん、多くの学問分野で共通している部分が多いですから、他の研究を志す人にとって、ある程度は参考になるだろうと思います。なので、政治学に関心がある人も、そうでない人も、気楽に参加していただければいいと思います。

みなさん、席につきましたか? ©iStock

学部と大学院はどこが違うのか

 で、さっそく最初の質問です。皆さんはこうして大学院に入って講義を受ける事になった訳ですが、そもそも大学院とは何をするところなのでしょうか。皆さんの多くは、つい最近まで学部で勉強してきたと思います。学部と大学院はどこが違うのでしょうか。

 わからなければ、思い出してみましょう。学部では多くの講義は先生から課題を与えられて、それを熟す形で授業が展開されていきます。大教室で多くの学生を相手に、先生が教壇の上から延々と話を進めていく形の講義も多いと思います。そこで求められているのは、教員が学生に対して既によく知られている、そして社会で生きていくために重要な内容を、「教える」事です。ですから、多くの講義では、学生には教員が教えた事をそのまま覚える事、更には教えられた知識を使って期待通りの成果を上げる事が求められます。

 でも大学院ではこうした形の授業は多くはありません。多くの場合、大学院生は講義に臨むに当たって「自分自身の課題」を持つ事が求められますし、また、「自分自身の課題」を最終的に自分の力で解いていく事が求められます。そして、言うまでもなく、その最終的な結果は、修士論文や博士論文という形で提出される事になっています。

良い「研究計画」を持つことの重要性

 さて、自然科学では、この「自分自身の課題」が所属する研究室のプロジェクトに沿う形で、教員から与えられる事もあるようですが、社会科学ではそういう事はあまりありません。社会科学分野の大学院生には、「自分自身の課題」を見つける能力もまた、「習得すべき事」として期待されているからです。

 ここまで来るとある程度答えが分かった人もいると思います。そう、大学院は単に資料収集や分析の技術、更には、論文の書き方だけを学ぶところではありません。修士論文や博士論文の執筆を通じて、自らが取り組むべき課題を自ら解決するプロセスを学んでいくところでもあるのです。では、何故そんな事を学ばねばならないのでしょうか。それは学部レベルの教育が良き社会人になるためのものであるとすれば、大学院の教育は良き専門家になるためのものだからです。単に誰かから課題を与えられて既知の知識で処理するだけでなく、今何に取り組むべきかを判断し、それをプロジェクトとして打ち立て、解決していく。誰かに命令されて仕事をするだけでなく、自らの仕事の方向性を自ら決める事のできる、そんな能力を身に着ける場が大学院なのです。そして皆さんは皆さんの「研究」という名のプロジェクトの「監督」役をも同時に果たさなければなりません。

 ではこうした自らのプロジェクトを打ち立て、遂行し、成果を上げる際に最も重要なのは何でしょうか。高い技術? もちろん、技術がなければ話にはなりませんが、同時にその技術力を発揮する為の場がなければどうしようもありません。さらに言えば、大学院で教えられる技術は、ある程度確立したものですから、一定の努力をすれば誰だって習得できるものが殆どです。つまり、技術力だけでは大きな差がプロジェクトの成果につく事は決して、多くない。

 では、何が皆さんの研究という名のプロジェクトによき成果を齎すのでしょうか。答えは簡単です。これから皆さんが作っていく「研究計画」がそれなのです。どんなに高い技術を持っていても良い研究計画をもっていなければ、良い結果を出す事はできません。どんなに切れる包丁を持っていても、良いレシピがなければ、美味しい料理が作れないのと同じです。