「あまやさい」というものがあるらしい。甘いお野菜……ではなく、尼崎で採れた野菜のことだという。尼崎といったら、阪神間の下町工業地帯というイメージが強い。が、もちろんずっと工業地帯だったわけではなくて、遠い昔は田園地帯。そうした歴史を受け継いで、ということでもなかろうが、いまでもいわゆる近郊農業が息づいているのだ。そして、そんな尼崎で採れた野菜を「あまやさい」という。
「あまやさい」には、ほうれん草や小松菜のようなごく一般的な野菜もあるが、中には尼崎で伝統的に栽培されてきた野菜もあるらしい。空豆やサツマイモ、そして里芋。たとえば里芋は、「田能の里芋」といって尼崎市の北部で主に栽培されているとか。一般的な里芋と比べて色が白く、粘り気も強め。なんでも、皮をむいたら普通の里芋なら手がかゆくなるところ、「田能の里芋」はそんなことがないという。
といっても、いくら伝統野菜とはいえ近郊農業そのものがなかなか厳しいご時世。いくつかの生産緑地を中心にかろうじて命脈を保っているのが実情だ。そうした中で、後世に「あまやさい」をつなぐ役割を担っているひとつがコミュニティファームだ。
春のある日、とあるコミュニティファームで、1周年の記念イベントが行われていた。地元に暮らす人たちや子どもたち、さらには尼崎市長やJR尼崎駅の駅長さんまで参加しているから、なかなか大規模なイベントだ。住宅地の真ん中の小さな農場で、子どもたちは草取りを楽しみ、一角では男たちが集まって何やら井戸を掘っている。
例の里芋を使ったコロッケや里芋の炊き込みご飯、さらには里芋アイスなども振る舞われ、道路に面しては尼崎で採れた野菜の販売会。野菜を売っているのは、制服に身を包んで長靴を履いた、尼崎駅の駅員さんたちだ。通りすがりの人たちも興味深そうに農場をのぞいたり、野菜を買ったり里芋コロッケを食べたりと、ずいぶんな盛況ぶりだった。
実際に里芋コロッケや里芋の炊き込みご飯、里芋アイスなどを食べさせてもらったが、確かに普通の里芋と比べると粘り気が強い。それでいて、あっさりとした味わいだから意外と進む。
コロッケになると、その粘り気がさらに強調されているようで、なかなかに食べ応えがあった。里芋アイスは、里芋ってこんなに甘かったんだ、と感じさせる爽やかさで、それでいて舌に残る。新幹線の車内で売ったら、意外と人気が出るんじゃないか、などとも思う。