高校3年の夏休み明け、級友たちと「文藝春秋」に掲載されたばかりの芥川賞受賞作について語り合った。庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」に魅せられたとする意見ばかりだった。このとき、笑って話をあわせていたが、同時受賞作である田久保英夫の「深い河」のほうが粘り強い文体で若者の置かれた過酷な状況を精緻に描写しており、文学作品としての純度が高い、と確信していた。

それから10年後、他者の死を見る勤務医生活の日々強まる窒息感から逃れるべく小説を書き始めたころ、編集者に、こんな小説を目指すべし、と教えられたのが柏原兵三の「徳山道助の帰郷」。大分県の山村の農家に生まれた徳山道助が陸軍士官学校を出て日露戦争に従軍し、その後、陸軍中将にまで出世する過程を紹介する前半は淡々と華麗なる軍歴の記述が続き、やや退屈ではある。しかし、だからこそ、後半、太平洋戦争敗戦後、広い邸宅を売り払い、娘の家の離れに気位が高いだけの妻と住む徳山道助の複雑な老境を描き切る繊細な筆力が際立ってくる。
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source : 文藝春秋 2025年9月号

