健康診断の結果という“数字の羅列”を、身体を読み解くコンパスに変える――。月刊「文藝春秋」への寄稿「健康診断は宝の地図だ」(2024年8月号)が話題を呼んだ総合診療医・伊藤大介氏が、健康診断の活用術、健診結果の効果的な見方を徹底解説します。
■連載「健康診断は宝の地図だ」
・第9回 「受けるべきオプション検査」“ベスト7”とは?
・第10回 むやみに受けても効果を得にくい…オススメできない「4つのオプション検査」
・第11回 高血圧、血糖値…「基準値に縛られなくてもいい」と言う医者は信用できるか?
・第12回 【結論】「基準値」は画一的に語れない。医師と一緒に“オーダーメイド”せよ!
・第13回 今回はこちら
いよいよ連載も残り2回となりました。最後に、日本の健康診断が今後どのように発展していくのか、その未来の在り方について「制度」と「技術」の2つの面から紹介したいと思います。
今回は、日本の健康診断の「制度」からみた未来について解説します。
以前、香港の経営者の方が、私の医院に自費で健康診断を受けに来たことがあります。香港の健診では毎年「異常なし」と言われていたそうですが、私の医院での健診では、ごく初期の消化器系の疾患が発見されました。それを知って彼は「日本のきめ細かな診断がとても参考になった」と感謝していました。

近年、中国や東南アジア諸国から、わざわざ人間ドックを受けに来る人も増えています。皆が口を揃えて言うのは、「日本の検査は丁寧で、精度が高い」ということです。
アジア圏だけでなく世界的に見ても、日本の健康診断は非常に高いレベルにあります。
日本では1年に1回行われる「定期健康診断」、会社に入る時に受けることが義務付けられている「雇入時健康診断」、そのほかにも「特定業務従事者健康診断」「海外派遣労働者健康診断」と労働安全衛生法で定められた4種類の健康診断があります。それに加えて、40歳から74歳までの公的医療保険加入者を対象とした「特定健康診査(特定健診)」もある。
定期健康診断や雇入時健康診断は11項目も検査を受けることができますし、海外派遣労働者健康診断では、医師が必要と認めた場合に腹部画像検査やB型肝炎ウイルス抗体検査を受けることもできる。いずれも自己負担はありません。
さらに、連載でも触れてきたように自費で追加料金を支払えば、がん検診や人間ドックなどのオプション検査も受けられる。いわば「2段構え」の制度になっているのも大きな特徴です。私自身はこの手厚い「2段構え」の制度は、とても優れたシステムだと思います。
「健康診断は“余計な治療”を増やしている」「害ばかりでメリットはない」などと批判する医師や識者もいます。そして、彼らは必ずと言っていいほど、「こんなに健康診断を受けさせるのは日本だけ」と説明します。
しかし、日本の手厚い健康診断が、国民全体の健康レベルの底上げを図る「セーフティネット」としての役割を担い、オプション検査が個人個人の状態やリスクに応じてより深く掘り下げる「オーダーメイド医療」への入り口としての役割を担っている。
完全に画一的な健康管理ではなく、一人ひとりの状況に合わせた最適なケアを可能にする、非常に合理的な仕組みです。
それは、世界の健康診断と比較しても明らかです。
アメリカ、イギリスには日本ほど優れた健康診断はない
欧米を見渡すと、日本の健康診断のように整った制度は、ほとんどないのが実情です。
アメリカでは公的な保険は限定されていて、民間保険に自ら加入するか、あるいは雇用主を通じて加入する仕組みになっています。仕組み自体も非常に複雑で、保険の種類によって支払われる金額が異なっていたり、受けられる医療の内容も変わったりします。
一人ひとりの加入している保険内容が異なるため、日本の定期健康診断のように一律に実施することが難しく、受診も義務付けられていません。
あくまでも個人の判断で受けるかどうかを決めなければいけない。
強いて挙げれば、1年に1回行う「Annual Physical Exam」と呼ばれる健康診断のような制度があります。基本的には無料ですが、検査項目としては身長、体重、血圧、尿検査、血液検査を行うのみです。胸部レントゲンや心電図のような画像検査はありませんし、医療上必要がないと判断される検査は、保険が利かないため全て自己負担です。

WHO(世界保健機関)のデータによれば、2021年時点の平均寿命は日本が84.5歳で世界トップクラスであるのに対し、アメリカは76.4歳と、他の先進国と比較してもかなり低い水準にあります。またOECD(経済協力開発機構)のデータでは、生活習慣病の温床となる肥満率(BMI30以上)は、日本が国民全体で約5%であるのに対し、アメリカは約41%(2023年)と深刻な状況です。
食生活や経済状況など様々な要因もからむので、一概に健康診断制度だけの問題とは言えませんが、アメリカの健康に関する指標が、先進国平均と比べて明らかに低いことは事実です。
国民皆保険制度がなく、病気を早期発見する健康診断を十分に受けられない状況が、こうした差を生む一因と考えられるでしょう。
イギリスにも日本のような健康診断はありません。
イギリスは独特の医療制度になっていて、国民はどんな病気を発症したとしても、まずは「一般医(General Practitioner、 GP)」と呼ばれる、かかりつけ医の診察を受けることになっています。たとえ深刻な病気の場合でも、専門医の診察や高度な検査を受けるためには、一般医からの紹介が必須であり、ある程度、緊急性の低いケースでは数カ月もの長さで診察を待たされることも珍しくありません。
それぞれの一般医が患者さんたちの健康を把握し、必要だと思った検査のみを受けさせるシステムになっているので、日本の健康診断のように全身を網羅する健診制度は存在しないのです。
例外的に子宮頸がんや乳がんの検診など、費用対効果が証明された特定の病気に対するスクリーニング検査があるのみです。
このようにアメリカやイギリスをはじめとする欧米では「健康は国や企業から与えられるものではなく、個人の責任で維持するもの」という考えが根強くあるのです。
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