
創刊100周年の雑誌『文藝春秋』の名物コーナー「三人の卓子」。読者の皆様からの記事への感想を募集・掲載しています。このページの末尾にある入力フォームからも、ご投稿いただけます。
外交の難しさ
2月号、垂秀夫氏の『米中露「三国志」時代の日本外交』を読み、外交の難しさと重要さを改めて教えられました。昨秋の高市総理の台湾問題をめぐる発言に端を発した日中間の関係は未だ悪化の一途を辿り、一向に回復の兆しを見せていません。
前日本国駐中国特命全権大使である垂氏の、外交戦略に関する本質的な考えと、重要性を読み、深い戦略的思考と知性にとても感銘を受けました。
外交官としての長いキャリアの中で、垂氏が積み重ねた経験と知識は、宝物のように価値があるものばかりだと推察します。時の政府は、経験を積み重ねた賢人たちのノウハウや能力を重用し、外交戦略の重要な武器として、長期的に活用すべきではなかろうかと思いました。
世界は今、混沌とした時代に突入しようとしています。戦略のない外交は、相手国から軽蔑され、後々まで損失を重ねることになりかねません。一国を代表する立場にある者は、あらゆる叡智を結集し、国家の代表者として恥ずかしくない発言と振る舞いをしていただきたいものです。
(愛知県 升田文男)
「動く建築」のしなやかさ
毎号全記事を読み尽くそうと前から順に読みますが、2月号は早々から苦手なジャンルの記事ばかりで、うんざりしていました。そこで出会ったのが、「建築」関連の二つの文章です。目を見開きました。
まず一つは、対談『日本の美意識の底力』(E・トッド×隈研吾)。日本建築の魅力が今は危機的状況だと訴えています。
二つめは、『日本の顔』のインタビュー記事『自分の建築には徹底してエゴを出しません』。グラビアでも取り上げられた永山祐子さんです。さまざまな建築現場で起きる危機を乗り越えるしなやかさを感じました。また世界的評価の高い日本建築に、関心の低かった自分を恥じました。「建築界のノーベル賞」ともいわれるプリツカー建築賞の受賞者が最も多いのは、日本なのだそうです。
大阪・関西万博のウーマンズパビリオンを設計する際に、4年前のドバイ万博の外装を再利用し、「動く建築」と称しました。万博の持続可能性を高めようと建築物取り壊しの歴史にストップをかけたといいます。その着想と困難を克服した意志の強さに、私は感動しました。
永山さんの建築への取り組み方は、日ごろの生き方に根ざすと思われます。例えば子育てと仕事の両立など、状況の変化に応じて常に前向きに生きていらっしゃいます。建築でも、土地の歴史や環境を踏まえながらクライアントの求めにも柔軟に対応し、共感を引き出します。
非常にしなやかです。「動く建築」という言葉は、それを象徴する表現のように思えてきます。
(北海道 堀川七郎)
▶︎永山祐子さんの取材で非常に印象的だったのは、何事にも積極的なその姿勢。撮影時はもちろん、取材時や打ち合わせでも様々なアイデアを表情豊かにお話しされていました。数多くの困難を乗り越え、夢を実現していくしなやかさが、写真とお話から伝われば幸いです。(担当編集より)
墓じまいの苦労
2月号の巻頭随筆で徳川慶喜の玄孫・山岸美喜氏の『徳川慶喜公の墓じまい』を読んだ。小生などとは比較にならないが、親を亡くしてからの相続に苦労するのは同じだと感じた。日本史上最長政権の徳川家のことは歴史文献やドラマなどで知られているが、1867年大政奉還後のことは歴史好きや研究家でないとあまり追究しない。残された膨大な史料や遺品の処理だけでも、親族の合意やハンコが必要であり、慶喜公の遺産処理にも8年以上かかったそうだから、その他諸々を考えたら頭が痛くなったことは想像に難くない。
我々も観光などで日光には行く機会があり、ガイドさんの案内で華やかな歴史の表側は知り得て満足して帰るが、400年続いた家の歴史の裏側には歴史家や余程の歴史好きでないと知らないことが沢山ある。「葵交会」や「霞会館」、「柳営会」等は関係者しか知らないだろう。SNSの時代、とやかく言う人も居るだろうが、当事者への労いは口先だけではできない。だからこう伝えたい。
「大変だったでしょう。山岸 美喜様」
(長崎県 樋口希輝)
AIと芸術分野
2月号の巻頭随筆『日本人へ アナログの私がAIを歓迎する理由』(塩野七生)を読みました。
この随筆を読み私の頭に浮かんだのは、第170回芥川賞受賞作『東京都同情塔』でした。
この作品の作者である九段理江さんは芥川賞の受賞会見で、「全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っている」と語り、話題となりました(のちの取材で、地の文はオリジナルで、チャットGPTの文章を用いたのは、単行本の1ページにも満たない分量で言い過ぎだったと修正)。芸術分野でのAIの使用は好意的に受け止める人もいた一方で、批判的な論調も見受けられました。
塩野さんの随筆の中では「生成AIがいかに進歩しても、どんな職種ならば生き残っていけると思われますか」という生成AIへの問いに対して、「人間の生の感覚からしか生まれない芸術や思想は提供できません。感動くらい、AIにとって不得意なことはないのです」という回答が紹介されていました。
たしかに生成AIが人の感情を揺さぶる芸術作品を生み出すことは難しいのかもしれませんが、人間が生み出した作品の中でAIの存在が作品を構成する要素になることは十分あり得るのではないかとも感じます。
急速な発展を遂げているAIは多くの分野で業務効率化や生産性の向上などに寄与していますが、今後、芸術分野とはどのような関わりを持っていくのだろうかと興味深いです。
(新潟県 宮下周)
経営とは人生そのもの
2月号、宗次德二氏を取り上げた『飲食バカ一代! カレーハウスCoCo壱番屋 八〇〇勝二敗の店舗展開を成し遂げた“IBS”の哲学』(松浦達也)を夫婦で一緒に拝読しました。
愛知で生まれた一軒の喫茶店が、やがて全国に広がるCoCo壱番屋へと変貌していく道程に、派手な演出はなく、ただ淡々と積み重ねられた時間の重みを感じました。壮絶な幼少期の記述には、思わず頁をめくる手が止まり、経営とは人生そのものなのだと、あらためて思わされました。
とりわけ印象に残ったのは、フランチャイズ契約を結んでいる店舗が、天候等の理由で「ノーゲスト」の状態になったら、閉店時間を早めてしまう。その運営習慣が改善されなかったため、契約解除に至ったくだりです。情に流されることなく、ルールに基づき毅然と対応する姿勢に、経営者としての公正公平の覚悟を見ました。優しさと甘さは違う。その境界線を、宗次氏は迷いなく歩いているように感じます。
現在、文化施設の運営などを通じ、利益を社会へ還元されている姿にも、現場から決して離れない一貫性があります。
「行き当たりばったり」と言いながら、実は最も地に足のついた哲学。
静かに背中を押されるような、滋味深い一編を届けてくださった貴誌に、感謝と敬意を込めて。
(東京都 深堀勝義)
▶︎「凜として柔らか」。ココイチ一号店で会った宗次德二さんの第一印象です。幼少時の壮絶な体験を穏やかな口調で話され、事業家としての厳しさを示す逸話もあくまで和やかな語り口。まっすぐな背筋は実業家としての姿勢そのものでした。ご夫婦でお読みくださる、そんな温かな時間に手に取ってくださったことを心より感謝申し上げます。(松浦達也)
言わぬが花
2月号、有働由美子さんと動物言語学者・鈴木俊貴さんの対談を拝読しました。鈴木さんは、ご著書『僕には鳥の言葉がわかる』で、鳥も精緻な文法を使うことを解明されましたが、対談では、長年人間が、「言葉を話すのは人間だけ」だと決めつけてきたことで発見が遅れたと明かされます。そして、「動物は言葉を話さない」という決めつけ自体、言葉による規定であり、言葉の持つ窮屈さについて話されているのは皮肉なことでした。
人間が言葉を獲得したのは進化のように言われますが、本当にそうでしょうか。例えば悪夢を見たとき、人間はどんな夢だったか言語化できますが、言葉にしてしまうと記憶として定着してしまうので、怖い夢を忘れられません。昨年は「言語化」が流行して、的確に言葉にすることが大切だという風潮が強まりました。そのことに異論はありませんが、言わぬが花、多くの言葉を重ねれば重ねるほど本来の気持ちから離れてしまうこともあります。
本当に大切なことに言葉は要りません。やかましい言葉より美しい沈黙、にこっと微笑むとか、握手の手の柔らかさとかは、百の言葉より雄弁です。
(滋賀県 高田智子)
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source : 文藝春秋 2026年3月号

