トラウマの本と幸運な本

三宅 唱 映画監督
エンタメ 読書

宇宙=1、2、3…無限大』(ジョージ・ガモフ著、崎川範行/伏見康治/鎮目恭夫訳、白揚社)

 1995年、映画『アポロ13』をきっかけに宇宙空間で働きたいと考え、背伸びしてさまざまな科学本を読んだ。そして、どの順番でどの本を読むかはとりかえしのつかない選択になることもあると初めて学んだ。もしこの本で挫折しなかったら、今頃は月面基地の設計士になっていたかもしれない。自分を戒めるトラウマの本として、今も仕事部屋のメインの本棚の目立つところにずっと置いている。もう一度宇宙のことを勉強したいが、当時のように無駄なカッコツケはせず、慎重に本を選びたいと思う。ということで、去年は河原郁夫さんの本を読んでプラネタリウムに通ってみたり、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に泣いたりした。

三宅唱氏 ⓒ時事通信社

村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ』(文春文庫)

 1999年、中田英寿選手経由だったか親の本棚経由だったか、何冊か小説を読み、『希望の国のエクソダス』の連載に夢中になり、当時発売したばかりのこの本を手にとった。各対談の面白さとわからなさに喰らいつきたく、蓮實重彥や柄谷行人ら対談相手の著作や、そこで話題にあがる固有名や文脈を自分なりに追いかけていった。振り返ると、その後の人生の大きな入り口、最初に手にした地図のような1冊になったように思う。同じ頃、秋の学校祭で短編映画を初めて作ったが、もし、あのときその映画を作らずに、例えば、結局入り損ねた柄谷氏主宰のNAMに入っていたとしたら、いまは地域通貨の研究をしていたか、しかるべき社会運動に身を投じることができていたかもしれないが……いや、わからない。

 大学浪人中に『抵抗への招待』や『応答する力』を読み、その後鵜飼哲ゼミに入ったものの、しかし自分には、他のゼミ生や院の先輩たちのような切実さも頭脳明晰さも努力する能力もないと深く悟った。当時のゼミで扱った、しかし自分は読み終えることすらできなかった本たちを目にすると、今も背筋が伸びる。

映画批評とサッカーの分析

私が殺した少女』(原尞著、ハヤカワ文庫)

 20代の金銭的に余裕がない時期に、古本屋でたいてい安く見つかるチャンドラーやハメットなどをひたすら読んでいたが、次は日本のものを読みたいと思って適当に手にとった。それ以来、今も探偵小説の新刊を追っているのは、『私が殺した少女』と同等かそれ以上の、途轍もない無力感にもう一度呆然としたいと思っているからだろう。いつか自分でも書いてみたいとたまに思うものの、おそらく無理だ。書くには世の中の情けのなさを知らなさすぎる。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書