遠藤ミチロウ(1950年〜2019年)
矢沢永吉(1949年〜)
手塚治虫(1928年〜1989年)
空海(774年〜835年)
一休宗純(1394年〜1481年)
まず、前提のような話になってしまいますが、内村鑑三さんが『代表的日本人』を書いたのは今から130年も前です。当時は庶民が得られる情報はかなり限られていて、偉人への理想も抱きやすかったと思うんです。つまり美化されやすかった。
例えば、内村さんは本の中で、西郷隆盛を「西郷無しには維新革命は成し得なかった」と、評価していますが、西郷さんの時代は記録や伝達の手段が制限されていて、一部の特権階級にしか扱えなかったはずです。だから、彼の功績を伝える文書は、最初から相当ヘビーなエディット(編集)が加わり、美談に仕立て上げられていた可能性も拭い切れないと思います。
情報不足ゆえに、人々は偉人に理想を投影し、無謬なカリスマだと思い込むようになる。このことを私の専門に寄せて、ロックミュージシャンの事例で言うと、例えば、1960年代に活躍したギタリストのジミ・ヘンドリクス。彼は、27歳の若さで夭折して、本当はドラッグ中毒の問題も抱えていたのに、当時のファンの間では、それらの情報はすべて除かれて、孤高の天才として崇め奉られていたわけです。
ところが、90年代には、状況が変わってくる。同じロックでも、ニルバーナのカート・コバーンは、活動中から薬物依存や精神的な病を抱えていることが報じられ、ミュージシャンとしては、決して模範生ではなかった。ただ、ファンたちは、そんなマイナスな側面も含めて、カートを愛しました。確実に偉人への見方は変わったのです。
結局、インターネットの登場もあり、情報の出方、報道のされ方が変質したと言えます。いわばマイナス面も公開されるようになった。それを社会全体の合意形成などと短絡的な表現はしたくないですが、言葉を選べば、社会に出回るムードが変わったという印象です。
イエスやムハンマドのような偉人達を前に「あの人、実は相当おかしいよ」などと言えば、ガラスの神話が崩れてしまうので、口を噤まざるを得なかった時代から、「不完全だけど、そこが良いんだよ」と、偉人が自分たちと同じ弱みを持つことを認めたうえで、堂々と愛でられる時代に変わった。
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source : 文藝春秋 2023年8月号