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〈事実〉を直視せよ――飯島訪朝の会談記録からハリウッド大作『オッペンハイマー』まで

編集部日記 vol.8

ニュース 政治 国際 韓国・北朝鮮 映画

 10月号の目玉は、飯島勲さんの「横田めぐみさん奪還交渉記録」。飯島さんといえば、小泉純一郎元首相のコワモテ政務秘書官として知られていますが、第2次安倍政権発足後、内閣官房参与として自ら北朝鮮とのルートを開拓し、2013年に安倍首相に直訴して極秘訪朝しました。その「飯島訪朝」以来、秘蔵していた貴重な会談記録です。

飯島勲さん

 8月初め、記録を提供してくれた飯島さんに編集部の人間が4人がかりでインタビューをしていた時のこと。「エッ、本当ですか?」と驚くことが何度もありました。そのうちの1つは、「外務省の人はこの記録を見ていないのですか」と聞いた時の答えです。

「見ていないよ。私、渡してないもの」「それどころか、外務省からは飯島だけは絶対に許せないって怒っているという話が聞こえてきたんだから……」

 信じがたい話でした。小泉訪朝以来、約10年ぶりに北朝鮮に行って党と政府の枢要メンバーに会ってきた人がいるというのに、しかもそのうちの1人は金正恩に次ぐナンバー2の金永南というのに、「どんな様子でしたか」「金永南はどんな人でしたか」と聞きに来ないなんて……なんてもったいない! 

 北朝鮮側は飯島さんのことを事前に調べ上げ、金永南との会談の時には灰皿を用意して愛煙家の飯島さんを感動させました。つまり、それくらい前のめりになっていたということです。外務省がこの機会を活かしていれば、別の展開があったかもしれません。どうしてもう一歩、踏み込まなかったのか。

『金正日の料理人』(扶桑社)を書いた藤本健二氏が、バンダナにサングラス姿でテレビによく登場していた頃、インテリジェンス(情報・諜報活動)に詳しいジャーナリストがこう話していました。

「金正恩と身近に接したことがある外国人は世界に藤本さんくらいしかいません。CIAが話を聞きに来たっておかしくないんです」

 NBAの元スター選手、デニス・ロッドマンがしばしば訪朝して、金正恩と歓談し「バスケ外交」と話題になっていたこともあります。ロッドマンももしかするとCIAに話を聞かれていたかもしれません。

 北朝鮮はいろいろ問題のある国です。しかしその実態を私たちはまだよく知りません。「評価を下す前に、まずは〈事実〉の確認から……」は外交・インテリジェンスの基本ではないでしょうか。

「会談記録」の原本 ©文藝春秋

 東浩紀さんの「問題作『オッペンハイマー』を観て来た」は、この夏いちばんのハリウッド超大作『オッペンハイマー』がなぜ日本で上映されないのかという疑問から、アメリカで本作を観てきた東さんに話を聞いた企画です。

 東さんは、〈残念ながら日本では公開未定とされていて、問題作と捉える向きもあるようです。クリストファー・ノーラン監督の作品はほとんど全て観ている僕としては、とても気になるところです。実際に本作を観て考えたことを、少しお話ししたいと思います〉と語り出します。

 夏イチオシのハリウッド大作が日本で上映されなかったことなんて前代未聞です。ノーランは『ダークナイト』(2008年)や『ダンケルク』(2017年)を作った人気監督。日本の配給会社はいったい何を考えているのでしょう。

 アメリカの映画監督が、原爆を開発したオッペンハイマー博士をどう描くのか。たしかに問題作の匂いはします。しかし「問題作」なら観てみたい、と思う日本人も大勢いるはずです。

 東さんはこの夏、ワシントンDCを訪れ、この40年ほどの間に建設された戦争に関する記念碑や歴史博物館を訪問しました。

〈ワシントンDCで見た新しい博物館や記念碑に共通していたのは、ひとことでいえば合衆国建国の起源に立ち返り、性差別や人種差別の歴史を反省したうえで、あらためて「アメリカの精神」を捉え返そうという強い意志でした〉

 こうした動きはアメリカだけでなく、旧ソ連諸国や東欧、また東アジアでもあるそうです。振り返るのがつらい歴史でも直視しようという気運の高まりと指摘しています。

 この9月で岩倉使節団が帰国してから150年になります。瀧井一博さん(国際日本文化研究センター教授)と安宅和人さん(慶應義塾大学教授)の対談「若者よ、大久保利通に学べ」では、安宅さんが大久保のことを「空気に流されず、ファクトや論理を大事にする」ところに「日本人らしくない凄み」があると評価します。

〈たとえば、政府のコロナ対応も、「ファクト」や「論理」よりも「空気」が優先されたきらいがあります。(略)空気ベースで行動しているようでは局面によっては全滅しかねません。先の戦争で悲惨な状況に陥ったのも、それが原因でしょう〉

 ファクト〈事実〉を直視しないことが日本の停滞の根源にあるのではないか。いまの日本には、「空気を読め」「ことなかれ」「前例踏襲主義」があらゆるところにはびこっています。

 10月号には、この問題を突きつける記事が揃いました。意図せざる偶然ですが、もしかすると偶然ではないのかも……。

(編集長・鈴木康介)

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

genre : ニュース 政治 国際 韓国・北朝鮮 映画