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「現実はいつも言葉から始まる……」現代のバベルの塔の物語

編集部日記 vol.39

電子版ORIGINAL

エンタメ 政治 読書 芥川賞
 

 3月特別号には、第170回芥川賞受賞作「東京都同情塔」が掲載されています。前回の「ハンチバック」同様、選考委員の圧倒的な支持を集めました(電子版には搭載されていませんので、紙版でお読みください)。

 主人公は気鋭の建築家・牧名沙羅37歳。

 彼女が挑戦するのは、新宿御苑の中に建てられる「監獄タワー」プロジェクト。この巨大建築の仕事を手にするには、国際コンペを勝ち抜かなくてはなりません。

 ところが、このコンペには問題がありました。

「犯罪者は同情すべき人々である」

 というコンセプトが課されていたのです。

 沙羅は本心ではこのコンセプトに賛同も納得もしていない。でも自らのキャリアのため、建築事務所の経営のため、迷いながらもプレゼンテーションのための言葉を組み立てていきます。

 年下の恋人のひらめきから啓示を受けた彼女は、課せられたコンセプトをしっかりと固めてコンペに勝つ。そして数年後、御苑には地上71階建ての「クソ最高なタワー」(アメリカ人ジャーナリストの作中での表現)が聳え立ってしまう。言葉の建築が本物の建築となるのです。

 作品の中で沙羅は恋人にこう語る場面があります。

「現実はいつも言葉から始まる。本当よ。この陸上世界を動かしているのは数学や物理が得意な人間じゃなく、口が上手い人間なんですよ」

 この物語をどう呼ぶのがふさわしいのか……頭に浮かんだのは「嘘から出たまこと……」。選考委員の松浦寿輝さんは選評で「現代社会を諷刺的に撃とうとしている」と書いています。

 作者の九段理江さんは、受賞者インタビュー(「趣味の筋トレは三島由紀夫がきっかけです」)の中で、「言葉って、実体を持たないものなのに、なぜこんなにも人間や世界を変えてしまうのだろうと、不思議でしょうがない」と語っています。

 現代は、言葉のコレクトネス(正しさ)が何かと求められる時代。しかしその正しさに嘘はないのか。嘘の混じった正しさが世の中を動かしていないか。そんなことも考えさせられる作品です。

「裏金問題」渦中の政治家たちに話を聞く

 目玉記事のひとつは、座談会「『派閥とカネ』本音で語る」です。

 1月下旬、議員会館の会議室に安倍派常任幹事の萩生田光一さん、茂木派副会長の加藤勝信さん、二階派事務総長の武田良太さんにお集まりいただきました。政治ジャーナリスト青山和弘さんのタイムリーな企画で、司会・構成も務めていただいています。

 裏金問題に関しては、検察サイドから流れてくる圧倒的な情報の中で、政治家の言い分が報じられることはほとんどありませんでした。そこで、この座談会では、

「裏金問題はなぜ起こったのか」

「お金をかけ過ぎる永田町の文化は変えられないのか」

「派閥が解散したら何が起こるのか」

 ことの本質に迫る疑問を質しています。

「当事者主義」は「文藝春秋」創刊以来の大きな柱です。裏金問題のまさに当事者である安倍派、二階派の幹部と、猛烈な批判の中でも派閥を守る茂木派の幹部に話を聞くのは、まさに文藝春秋伝統のやり方です。

 読者のみなさんは、渦中の政治家の言い分をどうお読みになるでしょうか。

(編集長・鈴木康介)

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

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