量子力学は世界を変える

誕生から100年

野村 泰紀 カリフォルニア大学バークレー校教授
ビジネス サイエンス

 2025年は、量子力学誕生から100年の年とされます。量子力学とは物理学の革命的な理論であり、現在に至るまで自然界の基本的な法則として様々な実験的検証に耐え抜いてきました。量子力学は、日常の世界とは関係ないような様々な不思議な現象を予言する一方、私たちの身の回りにあるほぼすべてのテクノロジー、パソコンや携帯電話、医療器具などもこの量子力学なしでは作ることができないなど、私たちの生活に多大な影響を与えている理論でもあります。

 量子力学の最初の芽は、1900年にドイツの物理学者マックス・プランクが「エネルギー量子仮説」を発表したことに始まります。19世紀終盤、物理学は基本的には完成したと思われていました。しかし、プランクは、熱した物体から出る光の周波数の分布が従来の理論の結果と一致しないことに着目し、替わりに実験的に正しい分布を導く処方を与えました。それは、「物体が熱や光を放射、吸収する際、そのエネルギーは連続的な値を取らず、ある極微の単位量の整数倍の値を取る」という、従来の物理学の常識に完全に反するものでした。

 私たちは通常、世の中に存在する物体のエネルギーや位置、速度などの量は、連続的にどんな値でも取れるものだと考えています。しかし、実は自然界では、多くの量が本当は「とびとび」なのです。ただ、その「とび」のステップがものすごく小さいために、私たちには連続に見えているだけだったのです。

 この「物事はとびとびである」という効果は、原子などの小さいものを扱う上では無視することはできません。例えば、原子は中心にある原子核のまわりを電子が回っているという構造をしていることが20世紀初頭に明らかになってきますが、従来の理論を使ってこの構造を解析してみると、電子は光を出しながらエネルギーを失って中心の原子核の方に落ち込んでいってしまい、その結果原子は一瞬で壊れてしまうという結論になることが分かりました。

 しかし、実際に世の中に原子は存在し、一瞬で壊れてしまうことはありません。もしそうであれば、私たち人間はおろか、世の中の物質はすべて存在できないということになってしまいます。

量子科学技術研究開発機構 ©show999/イメージマート

 この謎の答えも、量子的性質でした。簡単に言えば、電子の原子核からの距離もとびとびの値しか取ることができないため、従来の理論を当てはめることででてきた「原子核と電子の間の距離が連続的に小さくなりながら電子が原子核に落ち込んでいく」という過程は、量子力学的には起こり得ない過程だったのです。量子的に正しく解析すると、電子の原子核からの距離はとびとびにしか小さくなっていくことは出来ず、そしてその距離が許される最小の値になったら、それ以上小さくなることは出来ないのです。そしてこれが、自然界に原子というものが存在できる理由だったのです。

 その後も量子力学の様々な性質、例えば、光や電子など世の中の全てのものは波と粒子の二重性を示す「量子」であること、粒子の位置と速度は同時に決めることはできず確率的にしか決まらないこと、などが次々に明らかにされていきます。そしてついに1925年、ドイツの理論物理学者であるヴェルナー・ハイゼンベルクによって、「行列力学」と呼ばれるかたちの量子力学が、数学的に定式化されることになったのです。

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source : ノンフィクション出版 2025年の論点

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