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関西将棋会館の幽霊?

 関西将棋会館で公式戦の対局がない日は、2階にある道場が21時に閉まると館内の明かりが落とされる。築40年、5階建てのビルは急に冷んやりとして静まり返る。

 高田は4階の水無瀬の間に一人布団を敷いて横になっていた。週末は大阪に来て、奨励会員やアマチュア強豪とぶつかり稽古をする。中学生までは日帰りしていたが、高1になったときから会館に泊まるようになった。交通費を節約するために記録係や塾生の仕事をくっつけて連泊する。奨励会の例会があるときは他の会員も泊まるが、それ以外の日は高田だけだった。

 棋士室で熱心に研究していた棋士たちも、早い日は18時にはいなくなる。高田だけが残され、夕食をすませても寝る時間にはまだ早い。オンラインゲームの将棋ウォーズをやって、眠くなると布団に入った。

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 そう言えば、こんな話を聞いたことがある。関西会館の4階のトイレから、深夜に女性の泣き声が聞こえるらしい。観戦記者の人たちが話していた。東京の会館の方が怪談話は多いそうだ。退会した奨励会員や負けた棋士の怨念が残っていて、実際に見たという人もいるらしい。こんな噂を耳にしても、高田は平気だった。

「古い建物なので、風が吹くと人がすすり泣くような声に聞こえるんですよ。多分それかなと。それに誰もいない方が気楽ですから」

 

 将棋会館1階に警備員室がある。夜勤で残っていた年配の警備員が、深夜に巡回に出た。階段の明かりも消えているので、エレベーターを使って各フロアーにのぼる。4階と5階は対局室が並び、他の階にはない厳かな空気が漂う。懐中電灯で照らしながら4階の廊下を奥に進もうとしたときだ。人影がゆらりと現れた。

「うわーっ!」

 叫び声を上げて明かりを向ける。暗がりに甚兵衛を羽織った坊主頭が立っていた。眩しそうに目を細めている。トイレに行こうとして部屋から出てきた高田だった。

「なんだ、お化けかと思ったよ……」

 宿直は毎日変わるので、引き継ぎで宿泊者がいることが伝えられていなかったのだ。

 高田は高校3年間、関西将棋会館に通い続けて、年間で100日以上滞在した。夏休みや冬休みは1週間単位で泊まり続けた。その間、夜中に巡回の警備員を驚かせたことが何度もあった。

写真=野澤亘伸

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