「チームにストレスがなかった」眞鍋の采配
その荒木が一度、主将を降りたいと申し出てきたことがあった。
銅メダルを獲得した10年世界選手権で、センターの荒木は大友、井上(香織)の控えに回った。荒木にすれば、チームに貢献できなかった自分が、主将を務めるのは気が引けると感じたのだ。眞鍋は荒木の心中を察した上で告げた。
「主将という役目が、お前のプレイの妨げになっているんであれば変えてもいい。でも僕がお前を主将に適任だと思ったのは、一番はお前のプレイを買ってのことなんだ。今でも僕はお前の技術を評価している。だから出来るなら、主将は代えたくない」
荒木は眞鍋の一言で、失いかけていた自信を取り戻した。
「……分かりました。これからも主将をやらせてください」
眞鍋は荒木とのやり取りのあと、荒木には内緒で、チームの主軸である竹下と木村に、荒木をサポートするよう頼んだ。
「僕は選手と世界一対話した監督だと思う。これだけは自信がある」と胸を張ったように、徹底して言葉を重ねた。時には雑談で終えることもあった。大友が言う。
「時間があるときに一人ひとり、部屋に呼ばれるんですけど、緊張しないようにテレビ番組とかタレントさんたちの話題から入って、今どんなことを考えているか質される。でも、固い質問はないんです。笑っているうちに本音を引き出されてしまう感じですね」
眞鍋は、選手を部屋に呼ぶと「臭くないか」「部屋の明るさは大丈夫か」と、細かな気遣いを見せると大友は言う。
「部屋の中は、書類やIT機器など、1ミリも乱れていないほど整頓されているんです。性格が部屋に表れていると思った。とにかく細かい」
眞鍋のまめさには、気配りでは人後に落ちない竹下も舌を巻く。
「たとえば、誰かが落ち込んでも悟られないように笑顔を見せていると、いち早く察知して声をかけるんです。よく気がつくなと感心しますね。そして押し付けるような物言いは絶対にしない。必ず自分の意見を言う前に『お前はどう思う?』って聞くんです。だからチームにストレスがなかった」