日本を震撼させた平成の凶悪事件。事件後に流れた歳月は犯人・遺族の心境にどのような変化をもたらすのか。ノンフィクションライター、小野一光氏が現場を歩く。今回は「平成21年 島根女子大生バラバラ殺人事件篇」の第2回。
■連載「平成凶悪事件と『その後』」
【平成17年】 大阪姉妹連続殺人事件篇
【平成15年】福岡一家4人殺人事件篇
【平成18年】秋田児童連続殺人事件篇
【平成16~17年】福岡3女性連続強盗殺人事件篇
【平成6~12年】中洲スナックママ連続保険金殺人事件篇
【平成21年】平成21年 島根女子大生バラバラ殺人事件篇
#1 バイト先から学生寮までの夜間の人気のない山道で起きた惨劇
#2 捜査は7年も続いたが、犯人は遺体発見の2日後に死んでいた この記事
2009年11月6日から19日にかけて、広島県北広島町の山中で、島根県浜田市にある島根県立大学1年生、Aさん(当時19)のバラバラに切断された遺体が発見された事件。
Aさんが姿を消した浜田市中心部から、遺体が遺棄された臥龍山(標高1223メートル)のある北広島町に向かう国道186号線の金城地区には、通過車両のナンバーを記録するNシステムが設置されている。そこを遺体発見前に通過した車両について、順次捜査が行われていたこと、さらに、遺体があまりにも鮮やかに解体されていたため、土地勘があって動物の解体方法を知る猟師や、解剖の知識に長けた医療関係者などに対しても、疑いの目が向けられていたことは前回記した。

捜査対象としてマークされた2人の男性
では現実にはどのような捜査が行われていたのか。私は当時、捜査対象としてマークされた2人の男性に話を聞いている。
北広島町で一人暮らしをしながら、林業関連会社に勤めるXさんは言う。
「最初、(09年)11月の半ば過ぎに勤め先の会社から自分に電話があり、『警察が(Aさんの事件で)事情を聞きたいと言っているから、知っていることを全部話すように』と言われたんです。しかし、それからしばらくは何の動きもありませんでした」
Xさんが身のまわりの変化に気づいたのは、12月になってからのことだ。
「車で移動中、いつも同じ車を見かけるようになったのです。気づいてから10日間くらい連続してありました。こちらがスピードを落としたら向こうも落とし、飛ばしたら向こうも飛ばす。さすがに気持ち悪いので、車を停めて話を聞こうとしたら、そのまま追い越していくのです」
事前に会社を通じて警察が話を聞きたい旨を伝え、捜査の目が自分に向けられていることに動揺した彼が、証拠隠滅や逃亡を図ったりしないか、行動確認をしていたのである。
「その後、12月23日に初めて2人の刑事が自宅にやってきました。10月26日に浜田市で何をやっていたのか聞かれたので、もし浜田に行くとすればパチンコだと答え、店名を伝えました。それから捜査員がチェーンソーや鎌といった仕事道具と、風呂場を見せて欲しいというので見せました。仕事に使う刃物類は室内に置いてあり、刑事はそれを一つずつ見て、さらに浴室内を見てまわり、20~30分程度で帰っていきました」
Xさんは10月26日の午後10時30分頃に金城地区を通過しており、そのことで疑いを受けていた。2日後、刑事2人がXさん宅にふたたびやって来て、パチンコ店以外の立ち寄り先を聞いている。
「帰った後で、刑事から電話がかかってきたのですが、『仕事で怪我をしたことはあるか?』という質問でした。なので、6月にチェーンソーで足を切ったと伝えると、『その血は車についた?』などとしつこく聞かれ、タオルを巻いたからついてないと否定すると、『血のついたタオルを運転席の後ろに投げなかった?』などと畳み掛けてきました。どこかこちらの反応を試している感じでした」
この電話から間を空けず、刑事はふたたびXさんに電話をかけてきた。
「次の電話では、『ホラー映画を見るか?』と尋ねてきたので、(米ホラー映画の)『SawⅤ(ソウ5)』のDVDを借りて見たことを話すと、続いて『人間の肉を食うビデオは見たことある?』と聞かれたんです。もちろん否定しました」
以来、電話はかかってきておらず、車が追尾されることもなくなったという。
Aさんと同じ大学の大学院に通うYさんは、彼女の行方がわからなくなった日に、学内の研究室にいた。その後、夜遅くに金城地区のNシステムがある道を通過して自宅に帰っている。大学院で学ぶ傍ら、臥龍山を管轄とする林業の仕事に就くYさんは取材に答える。
「(09年)11月後半の夜9時半頃、一人暮らしの家(広島県内)に、刑事2人が突然やってきました。刑事は私の車が10月26日の夜遅くに金城を通っていたから来たと言い、当日の行動について聞いてから、風呂場を見せてくれと言ってきました。あと、家にある刃物を気にしていて、それも見せるように言われました。ノコギリよりもナタや包丁について気にしていました」
2人の刑事はそれから1日空けると、Yさんの家に再度やって来た。
「大学に何時までいたかを調べたいと言われ、研究室でパソコンを使った時間を話しました。使用後はすぐ帰り、途中でコンビニに立ち寄ったことを説明すると、コンビニでその時間に私の映った(防犯カメラの)映像があったことから疑いが晴れたようで、次に来たとき、供述のウラが取れたから大丈夫だとの説明を受けました。
“思い込み”が捜査の偏りを生んだ
こうした捜査が行われていた事情について、元捜査関係者は説明する。
「遺体発見から1~2週間で、Aさんの交友関係者が関与した可能性はほぼ消えていました。そのため、周辺のレンタルビデオ店でホラー映画を借りた人物や、刃物店やホームセンターで鋭利な刃物を購入した人物を捜していました。遺体が残忍に切り刻まれていたため、合同捜査本部では犯人像について、猟奇的な嗜好を持つ人物であるとプロファイルしていたのです」
Aさんの遺体は、内臓の一部が取り出された形跡があり、別に発見された大腿骨の肉も、鋭利な刃物と見られるもので人為的に削ぎ取られていた。そういった点を重視して、捜査員は犯人の人物像の絞り込みを行ったという。前出の元捜査関係者は続ける。
「捜査本部はNシステムに記録されていた車両の持ち主への捜査はもちろんのこと、その一方で、土地勘があって動物の解体方法を知る猟師や、解剖の知識に長けた医療関係者、さらにはAさんがロシアの大学の練習船の入港イベントに参加していたことから、ロシアの特殊部隊関係者ではないかという話まで出ていました。そんな捜査員の“思い込み”が捜査の偏りを生み、時間がかかったとの指摘があります」
捜査対象が際限なく広がってしまい、遺体発見から1年を過ぎたあたりになると、捜査対象の絞り込みができなくなってしまう。疑わしい人物をしらみつぶしに調べていく捜査が続けられ、時間ばかりが経っていった。
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