2025年9月に第37回濱田青陵賞を授かることになった。「三角縁神獣鏡を軸とする古墳編年の構築と地域史の実証的研究」が評価されてのことである。同賞は大阪府岸和田市にゆかりのある考古学者、濱田耕作(号 青陵)博士の没後50年にあたる1988年に、岸和田市と朝日新聞社によって創設された。その目的は博士の業績を顕彰し、我が国考古学の振興に寄与することにある。濱田博士は「日本近代考古学の父」と呼ばれ、博士なくして現在の日本の考古学は存在しえない。それだけに博士の名を冠する同賞は、日本の考古学研究者にとって非常に重みのある賞なのである。
考古学と私の出会いは小学校中学年のころに遡る。奈良県橿原市に生まれた私は、典型的な昆虫少年だったが、小学校のクラブ活動で近隣の遺跡や博物館を訪れ、土器づくりに取り組む機会を得た。なかでも、奈良県立橿原考古学研究所と附属博物館が近隣にあった影響は大きく、考古学を具体的に知るきっかけとなった。
その後、中学・高校時代は考古学への関心をさほど深めはしなかったが、大学での学びを契機にふたたび考古学と邂逅した。少年時代に遺跡が日常的な存在であったこと、学問としての考古学を知っていたことが専攻の選択に強く作用した。
大学で考古学を学びはじめたころは、研究テーマとする地域や時代は決まっていなかった。そうしたなか、大学3年生の春に同級生たちに誘われるがまま訪れた、大阪府立近つ飛鳥博物館の特別展『鏡の時代―銅鏡百枚―』で大量の三角縁神獣鏡を目の当たりにした。展示室いっぱいに陳列された資料に圧倒された衝撃が、私に三角縁神獣鏡と古墳時代に強い関心を抱かせた。

卒業論文は三角縁神獣鏡とそのほかの鏡の社会的役割を出土状況から解析する内容で書き上げ、その後、実物資料を多く所蔵する関西の大学院に進学した。修士論文では三角縁神獣鏡の年代論、博士課程論文では三角縁神獣鏡をはじめとする古墳時代の器物の生産・流通論をテーマとした。
これらの学位論文は私の研究の基盤となる成果だが、現在に至る研究を体系化するまでに、ことのほか長い時間を要した。私が大学院に在籍した2000年ごろは、国立大学の大学院重点化が進められた時期であり、大学院生といえども研究成果数が求められた。しかし、古墳時代の画一性を重視する言説が根強いなか、列島の地域集団が自律的であった点を実証しようとする私の研究視点はフィールド調査を不可欠とし、どうしても時間を要する側面があった。そのため、成果が実を結ぶまで粘り強く検討を重ねる期間が続いた。そうでなくても、人文科学は個別研究を総括して体系化するところに学術としての重要な意義があり、それには地道な研究の蓄積を要する。私の場合は、最初の本格的な学術論文を執筆してから、一定の体系づけまでに20年を要した。こうしたこともあって、研究の過程で困難を感じたのは、当初の目的を見失うことなく丹念な検討を継続し、さらに蓄積した成果を俯瞰的に総括する作業であった。いっぽうで、これまで直向(ひたむ)きに研究を続けてこられたのは、遺跡の発掘調査や実物資料の観察を通じて、ささやかながら新たな発見が都度にあったからである。
私がこだわる「徹底的な実物観察と詳細な資料化」と「フィールドに根ざした研究」は考古学の基本であるが、きわめて地道である。しかし、そうした小さな積み重ねによって、一定の自律性をもつ地域社会が倭王権を中心とする広域的関係に組み込まれてゆく古代国家形成の具体的なプロセスを描出できた。そして、古墳時代社会は単に画一的であったのではなく、地域の自律性を許容しつつも、上部構造が肥大化した重層的な社会構造であったとする新たな歴史像を提示しえた。
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