産業スパイを養成した通産省
通商産業省は2001年に経済産業省に。英語名も変わった。通産省はミニストリー・オブ・インターナショナル・トレード・アンド・インダストリー。経産省だとインターナショナルがエコノミーに入れ替わる。そこが大事と思うと本書が分かる。

通産省は1949年に出来た。時の首相は吉田茂。彼は戦後初期に国の歩むべき基本線を定めた。国防は米国任せ。軍備にお金をかけない。その分を民間に。経済大国を目指す。高品質の工業製品を輸出して儲ける。インターナショナルなインダストリーとトレードということだ。これぞ吉田ドクトリン。戦後日本のグランド・ストラテジーである。
この話のどこにインテリジェンスが? 工業製品を作るのは工業技術。が、戦争中に米国等に水をあけられている。容易に追いつけない。よそから技術を買うか。買えたとしても高くつく。安上がりなのは盗むこと。とどのつまりは産業スパイだ。
かくて吉田ドクトリンの実現には非軍事的インテリジェンスが不可欠になる。でも企業がいきなり世界で情報収集するのは無理筋。力足らず。なら通産省がやるしかない。米国や欧州の表や裏に情報網を張り巡らす。著者によれば、そのために通産省の設けた外郭団体や下部組織が日本貿易振興会や日本科学技術情報センター等だ。中でも産業保護研究所は旧軍の諜報機関員も加わった陸軍中野学校のようなものであったらしい。国家が産業スパイを養成していた。
このように吉田ドクトリンは反軍国主義と産業主義をセットにし、インテリジェンスをそちらに特化する。そんな日本のありようは米国に安全保障を任せて軍事的には対米従属するのと表裏一体だ。自衛隊の通信傍受活動は米国の指導のもとに行われ、傍受した内容は自動的に米軍に共有されるシステムさえ構築された。
安全保障面でのインテリジェンスには弱いが、その分、産業面でのインテリジェンスに秀でたのが吉田ドクトリン時代の日本。そのとき技術を盗む相手はいちばんには米国。それなのにひどくは怒られなかったのは、軍事面で言いなりになっていた分、産業面では大目に見てくれていたから。そういうことかもしれない。
しかし時代は巡る。日本は産業大国化を達成し、企業も力をつけて自前で情報を集められるようになった。通産省の役割も変わり、インターナショナルの看板も外れる。日本は米国の経済面での強力なライバルに育ちすぎ、日本企業の産業スパイは米国で捕まるようにもなる。東西冷戦も終わり、日本が米国から特別扱いされる理由も減り、安全保障も他力本願とは行かなくなる。ここに長かった吉田ドクトリンの時代は終わり、軍事面のインテリジェンスに全力を傾けるべき安倍晋三ドクトリンの時代が来たというのが本書の見立てだろう。新政権はその方向でしょうか。
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