今、女性芸人の世界が揺れている。女性芸人といえば、当たり前のように「ブス」「デブ」「非モテ」をいじられ、そこで強烈なインパクトを残すことが成功への足がかりとされてきた。
しかし、持って生まれた容姿や未婚か既婚かどうかの社会属性などを「笑う」ことに対して、今世間は「NO」という意思表示をし始めている。「個人としての感覚」と「テレビが求めるもの」、そして「社会の流れ」。三つの評価軸の中に揉まれながら、女性芸人たちは新たな「面白さ」を探し始めている。
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「ネタで全勝ちしたい」。テレビでの“女芸人用の仕事”を拒否したDr.ハインリッヒが選んだ道。それは『M-1』に届くことは叶わなかったものの、確実にファン層を広げ、ハインリッヒ中毒者を増やし続けている。
『M-1』卒業を機に舞台を去る決断をする芸人も多い中、『M-1』ドリームならぬ、“『M-1』決勝に行かないドリーム”を体現する二人。あの祭りの向こう側にはどんな世界が広がっていたのか。なぜ『THE W』は『M-1』になれないのか。Dr.ハインリッヒがフェミニズムを求めた、その理由。(2回中の第2回/1回目を読む)
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『THE W』には出ないと宣言…『M-1』との違い
――一昨年の『M-1』、Dr.ハインリッヒさんが準々決勝で終わったことには、納得していないネットの声も多かったですね。ネタ動画の再生数は60万回を超えていたのに。
彩 決勝に出たかったなあ、優勝したかったなあというのは、思っていますね。でも命を懸けたものがそこに届かんかったというのは、あかんかったことはあかんかったのかな、とも思います。ある程度面白い人らばかりになったら、あとはもう好みだっていうのはしょうがない。たぶん予選の審査員が替わらないかぎりは無理やったんやなと思います。
でもYouTubeで我々のネタが話題になって、たくさんの人が応援してくれるようになったので。まあ、その結果があるからいいかって今は思います。
――一方女性芸人だけの大会『THE W』には出ないと宣言されていますよね。『M-1』と『THE W』にはどんな違いがあると思われますか。
幸 全てのレベルがもう違う。『THE W』が始まった時に、またなんでこんな余計なことを……ってすごく思ったんですよ。賞レースに出られない女の人に対して、じゃあテレビに出れる、賞金もあるっていうチャンスとして始まったじゃないですか。でもそれ、ものすごい的外れな優しさだと思う。
――的外れな優しさ。
幸 お笑いってやっぱり「おもろい/おもろない」でしかないから。すぐバレるんですよ。女だけで戦ってるから、まだ面白くない状態でも出れてしまう。あと数年、劇場で経験積んだらもっと面白い完成度のネタを作れたかもしれん子が、未熟な状態のまま決勝に出れてしまうんです。
そしたら「やっぱ女はおもろない」てこき下ろせる便利な装置になってしまってるんですよ。これは余計なもん作りおったって思った。
だけども、『THE W』を目指してがむしゃらに頑張ってる子はいるんです。その子たちのあり方は、もちろん応援してるんやけど。ただね、ちょっとね、頑張ってる女の子にももうちょっと気づいて欲しい。漫才かコントかその他か関係なく、ルール無用で女のみで競い合うって、かなり不自然な事ですよ。でも出たいんでしょうね、若い子は。
――点数ではなくどちらがおもしろかったかで審査する『THE W』では、審査員のコメントも「僅差だった」に終始することが多くて、そこも「的外れな優しさ」を感じるところではあります。M-1の出場者のように審査員から厳しく言われることもない。
幸 そうですね。結局やっぱり……奥底にあるんでしょう、チャンスになるというのが。他の大会の決勝に行けない子が決勝に行けて、なんやったら優勝もできるわけですから。