新垣幸子「八重山上布に色彩を甦らせるまで」

日本の顔 インタビュー

新垣 幸子 染織作家
ライフ アート 歴史

自然豊かな石垣島で失われた技術を探し求めた

※新垣幸子さんが登場したグラビア「日本の顔」もぜひご覧ください

 2024年、文化庁からお電話があり、「八重山上布」の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されたと聞いた時は、本当に驚きました。大変ありがたく光栄の至りなのですが、あまりの衝撃に頭が真っ白になり、思わず「ちょっと考えさせてください」と口をついて出てしまったほどです。先方もさぞ驚かれたことでしょう。

 八重山上布は、イラクサ科の苧麻(ちょま)を原材料に、沖縄県の八重山地方(石垣島、西表島、他離島)で栽培する植物で糸を染め上げ織りなす麻織物です。軽くて通気性に富み、ひんやりとした清涼感のある肌触り。夏にピッタリな着物ですが、まさか八重山上布が国の重要無形文化財となり、私が人間国宝に認定される日が来るとは夢にも思いませんでした。というのも、八重山上布を織るための伝統的な技法は、時代の波の中で一度途絶えてしまっていたからです。

 八重山上布の起源は明確には分かっていませんが、1400年頃に李氏朝鮮で編纂され始めた「朝鮮王朝実録」の記述によると、八重山地方では古くから苧麻を使った織物が用いられていたようです。その後、1500年頃に琉球王国に支配されると、琉球王府お抱えの絵師が御絵図(みえず、図案)を作り、それをもとに織りの細かな上質な麻布が御用布(ごようふ)としてつくられ献上されるようになりました。

 そして、琉球王国が薩摩藩に侵攻されると、1637年から「人頭税」という過酷な税制度が始まります。これが八重山の人々にとって、長く苦しい時代の幕開けとなりました。島の15歳以上の男女に課せられたこの税は、男性は耕作による穀物、女性は穀物の代わりに布を織って貢納布として納めることを義務づけました。島の人々に一律の額を課すという制度であり、島民は王府の厳しい監督下に置かれました。今では理不尽な悪税として知られていますが、皮肉なことに、この過酷な税制が八重山の織物技術に大きな発展をもたらし、数々の美しい織物が織られるようになったのです。当時、八重山で織られた御用布は「薩摩上布」の名前で全国にも流通し、高貴な人々だけが着られる最高級品だったといいます。

 1879年の廃藩置県後も人頭税制度は残り、その後人頭税が廃止されると、八重山上布を取り巻く環境は一変します。次第に量産化が進み、大正時代から昭和初期にかけては、織物が八重山経済を支える一大産業にまで発展したのです。

忘れ去られた技術

 八重山上布の染めの技法には、大きく分けて二つの方法があります。

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source : 文藝春秋 2026年4月号

genre : ライフ アート 歴史